EUV露光装置の光学系:自力翻訳での誤解ポイント

a group of trees 特許明細書

今回は、ASML/CARL ZEISS SMT社の特許“OPTICAL ELEMENT AND OPTICAL SYSTEM FOR EUV LITHOGRAPHY, AND METHOD FOR TREATING SUCH AN OPTICAL ELEMENT”を題材に、自力翻訳を通じて得た気づきと誤訳ポイントを振り返ります。

本明細書の概要

EUV露光装置における反射型光学系の汚染問題に対処する技術に関する発明です。

以前の記事で記載した通り、EUV(極端紫外線、波長:13.5nm)は非常に吸収されやすく、従来のような透過型レンズや透過型マスクを用いることができません。このため、光学系はすべて反射型光学素子で構成され、使用される光学素子の数も多くなります。その結果、わずかな汚染であっても全体としての反射率の低下の要因となりえます。

EUV露光装置の光学系とは

出典:AGC旭硝子

EUV露光装置には、反射型マスクが用いられます。

DUV(深紫外線)のような透過型マスクは使用できず、多層膜によるミラー(鏡面)で光を反射させる必要があります。

構造としても、透明なガラス基板上に半透明膜を重ねるDUVの透過型マスクとは異なり、EUVでは多層膜型の反射面に光吸収体を配置しパターンを形成します。

出典:レーザーテック

補足:透明とは

なお、「EUV(13.5nm)光に透明な光学材料がない」という表現をよく見かけますが、ここでの“透明”とは可視光に対する見た目の透明性ではなく、EUV放射を透過できるかという物理的な意味での透過性を指します。

EUV光はほとんどの材料に対して非常に吸収されやすいため、光を屈折させて伝えるような透過型光学系(レンズ等)の構成が不可能であり、すべて反射型光学素子で構成されます。

自力翻訳と誤解ポイント

“the latter”が指すのは

In EUV lithography apparatuses, reflective optical elements for the extreme ultraviolet (EUV) wavelength range (at wavelengths of between approximately 5 nm and approximately 20 nm) such as, for instance, photomasks or mirrors based on reflective multilayer systems are used for producing semiconductor components.
Since EUV lithography apparatuses generally have a plurality of reflective optical elements, the latter have to have a highest possible reflectivity in order to ensure a sufficiently high total reflectivity.

自分訳:
EUVリソグラフィー装置では、極紫外線(EUV)波長範囲(約5nm~約20nmの波長)用の、例えばフォトマスクまたはミラーのような反射型多層膜系に基づく反射型光学素子が、半導体部品の製造に使用される。EUVリソグラフィ装置は一般に、複数の反射型光学素子を有しており、それゆえにミラーは、全体として十分に高い反射率を確保するため、可能な限り高い反射率を備える必要がある。

公開訳:
EUVリソグラフィー装置では、極紫外(EUV:extreme ultraviolet)波長範囲( 約5nm~約20nmの波長)用の例えばフォトマスクまたはミラーのような反射多層系に基づく反射光学素子を用いて、半導体部品を製造する。EUVリソグラフィー装置は、一般に複数の反射光学素子を有するので、反射光学素子は、十分に高い全反射率を保証するために、できる限り高い反射率を有しなければならない。

改善点:
自身の訳では“the latter” を”mirrors”に対応させてしまい、光学素子のなかで「ミラーだけが高反射率であればよい」という限定的な意味となってしまいます。

実際には、“the latter” は直前の”reflective optical elements” を指しており、装置内の各反射型光学素子すべてが全体の反射率に影響するという意味に沿った訳をすべきでした。

“the latter” の用法を辞書での確認

当初は、「“the latter” とある以上、“the former” に対応する語も必ず存在するはずだ」という思い込みがあり、先に出てきた “photomasks or mirrors” に対応させてしまいました。

この誤解を解く手がかりとして、Merriam-Webster’s Dictionary の定義が参考になりました:

the thing or person that has just been mentioned
The President—or, if the latter is too busy, the Vice President—will see you shortly.
                      - Marrium-Webster’s Dictionary and Thesaurus

ここでは、“the latter”は必ずしも”the former”と対を成す必要はなく、直前に言及された名詞に対して用いられる場合もあることが示されています。

つまり形式上、必ずしも”the former”と対になっている必要はなく、直前の表現に対応するための語として使用される場合もあるということでした。

形式ではなく文脈が大切です。

optically used surfaceとは

The reflectivity and the lifetime of the reflective optical elements can be reduced by contamination of the optically used surfaces of the reflective optical elements, which arises on account of the short-wave irradiation together with residual gases in the operating atmosphere.


自分訳:
反射型光学素子の反射率及び寿命は、反射型光学素子において光学的に使用される面が動作雰囲気中における残留ガスとともに短波長照射を受けることによって生じる汚染により、低下しうる。

公開訳:
こうした反射光学素子の反射率及び寿命は、動作雰囲気内の残留ガスと共に短波長の照射に起因して生じる、当該反射光学素子の使用光学面の汚染によって低下し得る。

なぜoptically used surfaceか:
“optical surface”は、反射、屈折、透過など光と相互作用する機能面を意味します(参照:オプティペディア)。

一方原文にある”optically used surfaces”は、その中でも実際に光学系において光の経路(光路)として使用される面に限定されています。

これは、反射型光学素子ではすべての表面が光を反射するとは限らず、汚染が生じて問題になるのは、光路に影響する面だからだと考えます。

そこで、、“optically used surface”は単に光学面と訳するよりも、「光学的に使用される面」とするほうが明確だと考えます。

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