前回の記事(「EUV露光装置で生じる汚染物質の野除去」)では、炭素汚染物のうちC-C単結合を有するものは、σ結合のみで電子の偏りがないため、酸化的手法では分解が難しく、還元的に作用する水素ラジカルが有効であることを紹介しました。
今回は、その水素ラジカルを金属触媒により生成する反応機構についてまとめます。
触媒とは
触媒とは、「触媒は、化学反応においてそのもの自身は変化しないが、反応速度を変化させる物質」触媒とは、「化学反応において自らは変化せずに、反応速度を変化させる物質」と定義されます(出典:触媒工業協会)。
触媒の基本的なはたらき(活性・選択性・寿命)
触媒の性能は、以下の三要素で評価されます。
- 活性(activity):どれだけ速く反応を進められるか
- 選択性(selectivity):どの生成物を優先的に作るか
- 寿命(stability):どのくらい長期間安定に機能するか
これらのバランスが、工業触媒としての実用性に直結します。
化学反応と活性化エネルギー
化学変化が進行するには、反応物が一時的にエネルギーの高い状態「遷移状態」を経る必要があります。この遷移状態に至るために必要なエネルギーが「活性化エネルギー」です。
触媒は、反応物がこのエネルギーの壁を超えるための「別の経路(反応ルート)」を提供することで、反応を速やかに進行させます。

- 青線:触媒なし(高い活性化エネルギー)
- 赤点線:触媒あり(低い活性かエネルギー)
触媒の働き:山を削るのでは無く、別ルートをひらく
触媒は、単にエネルギーの山(壁)を下げるのではなく、新たに、より低い山の経路を提供します。
これは、山を越えるルートからトンネルを通るルートへの切替のようなイメージです。そのなかで、「反応中間体の安定性が重要なはたらき」を見せます。
金属触媒表面での反応ステップ
実際、今回のラジカル生成において触媒はどのように働くか、を、今回の金属触媒のような固体触媒と反応物である水素のような不均一触媒イメージしていきます。
不均一触媒とは、反応物と触媒との相の状態が異なる(不均一)触媒反応です。今回の場合、触媒はなので金属固相、反応物は水素分子(H₂)なので気相です。相が異なり、不均一触媒反応と言えます。
吸着の基本:物理吸着と化学吸着とのちがい
触媒表面における「吸着」は、触媒反応の第一段階です。吸着には以下の2つのタイプがあります:
- 物理吸着:
- ファンデルワールス力による弱い結合
- 可逆的
- エネルギーは0.1 eV程度と小さい
- 化学吸着:
- 共有結合やイオン結合を伴う強い相互作用
- 通常は不可逆的
- エネルギーは1〜10 eVと大きく、反応を引き起こす
今回扱う触媒反応では、化学吸着(特に解離吸着)が中心です。
金属触媒表面での反応ステップ
1.反応物が触媒表面に「吸着」する
水素ガス(H2)は、まず触媒(金属)表面に物理吸着し、その後、電子のやりとりを伴う化学吸着に移行します。この段階でH-H結合は緩み始めます。
2.H-H結合の弱体化
化学吸着によって、吸着されたH₂のσ結合電子が金属表面のd軌道と相互作用し、H–H結合が弱まります。
3.遷移状態の安定化
この結合の伸長によって、反応はエネルギー的に進みやすい遷移状態に導かれます。
この状態は、触媒が提供する表面構造や電子状態によって安定化されます。
4.H-H結合解離と水素ラジカルH・生成
最終的にH–H結合が解離し、2つのH原子がそれぞれ1個の不対電子を持つ水素ラジカル(H・)として表面から放出されます。
ラジカルは高い反応性を持ち、すぐに有機物などと反応して汚染除去にはたらきます。
触媒反応における反応中間体の安定化
触媒の重要な役割のひとつは、「反応中間体を一時的に安定に保つこと」があります。
化学反応は、
反応物⇒中間体⇒生成物
という経路を辿ることが多く、中間体が不安定であれば反応は進行しづらくなります。

触媒表面は、この中間体を安定に存在できる「場」として存在します。たとえば金属のd軌道が中間体と電子的に相互作用することで、エネルギー的に中間体を安定化します。
今回の例でいうと、「H-H結合がのびた状態」が中間体に該当します。この状態を触媒が安定化することで、結合の解離が進み、水素ラジカルが生成されます。
参考:
一般社団法人 触媒工業協会「触媒とはなにか」
https://cmaj.jp/aboutcatalysts/what/
東京工科大学「工業触媒に大切なこと」
http://blog.ac.eng.teu.ac.jp/blog/2016/09/post-1248.html
名城大学「化学反応論とは何か」
https://www1.meijo-u.ac.jp/~tnagata/education/react/2019/react_01_slides.pdf
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