先日読んでいた液浸露光装置の特許明細書の一部、脱イオン装置に関する記述についてまとめます。
液浸露光における脱イオン処理の必要性
半導体製造では回路線幅がナノメートル(nm)レベルの精密加工が行われており、わずかな不純物の混入が製造時の良品率に影響を及ぼします。そのため、液浸液や洗浄工程で使用される水には超純水が要求されます。
超純水とは、塩類・有機物質・生菌・ガス・超微粒子などを極限まで除去し、理論上の純水に限りなく近づけた水です。今回は、システム内で超純水の品質を維持するための水処理の一つ、脱イオン処理を取り上げます。
なぜ脱イオンが必要か
超純水の精製過程でイオンを除去する理由として、以下の点が挙げられます。
1)電気伝導率の制御
水中にイオン(Na+, Cl-, SO2- など)が溶解していると、水の電気伝導率(conductivity:電流の流れやすさ、電気抵抗の逆数)が上昇します。ウエハは搬送工程での接触・分離によって帯電(静電気)が予想されます。またエッチング工程でプラズマを使用する場合に電荷が蓄積することもあります。こうしたウエハの帯電が想定される以上、液浸液の電気伝導率が高い(イオンを含む)と、水が導電体として働き、帯電したウエハとの間で放電が生じるリスクがあります。その結果、ウエハ上の微細パターンに欠陥が生じる可能性があります。
2)光学的安定性
イオンの存在により水中のイオン濃度が変動すると、局所的に屈折率が変わり、結果として露光精度が低下してしまいかねません。
3)シリカ・金属汚染の防止
シリカ(SiO2)は、自然界に多く存在し、水にも溶解しやすい物質です。シリカが水中に存在すると、温度・pH変化によって析出し、ウエハ表面に付着することがあります。これが露光パターンの欠陥を引き起こすため、シリカの濃度を極限まで低減することが必要です。
4)イオン性化合物(微粒子)の形成防止
イオンが存在することで、イオン性化合物が生成されることがあります。これが微粒子となると光の散乱・吸収が生じ、露光プロセスに影響を与えかねません。
液浸露光における脱イオン処理の方法
Main Supply water should require treatment by a liquid purifier before it is suitable as an immersion liquid. Other immersion liquids also require Such treatment especially if recycled as contamination can occur during use. In an embodiment, the purifier may be a distillation unit 120 and/or a demineralizer 130 and/or a de-hydrocarbonating unit 140 for reducing the hydrocarbon content of the liquid and/or a filter 150. The demineralizer 130 may be of any sort such as a reverse osmosis unit, ion exchange unit or electric deionization unit, or a combination of two or more of these units.
The demineralizer typically reduces the content of ionic compounds in water or an aqueous solution such that the electrical conductivity of the water or the aqueous solution is between 0.055 microSiemens/cm and 0.5 microSiemens/cm.
The demineralizer may also reduce the silica content to 500ppt or less, or to 100 ppt or less.(US7733459B2 ASML)
液浸液に用いる水は、適切な処理が必要となります。そのうち脱イオン処理に用いられる処理ユニットについて、明細書には具体例が3つ記載されています。
a reverse osmosis unit:逆浸透膜(RO: Reverse Osmosis)ユニット
ion exchange unit :イオン交換(Ion Exchange)ユニット
electric deionization unit:電気脱イオン(EDI: Electrodeionization)ユニット、です。
それぞれを以下簡単に説明します。
逆浸透(RO: Reverse Osmosis)
逆浸透は、半透膜を利用して水のみを透過させる技術です。自然の浸透減少とは逆に、浸透圧以上の圧力をかけることで溶質を分離します。
RO膜は、例えばポリアミドなどの高分子材料で作られ、表面改質により荷電性(主に負に帯電)を持たせ、サイズ排除(0.1~1 nmの膜孔サイズ)と電荷反発の両方を利用して陰イオン(Cl-やSO42-)、金属イオン(Na+, Ca2+など)や有機物を除去します。


イオン交換(Ion Exchange)
イオン交換は、固体のイオン交換体(陽イオン交換樹脂(H+)・陰イオン交換樹脂(OH-))を用いて、溶液中の特定のイオン交換・除去する技術です。
例えば、以下の場合です。
- 陽イオン交換樹脂:H+と交換したNa+を除去
- 陰イオン交換樹脂:OH-と交換したCl-を除去
イオン交換樹脂の選択性と親和性
イオン交換樹脂におけるイオンの選択性(選択係数:selectivity coefficient)は、以下が要因になって決定されます。
1)電荷の大きさ
一般に、電荷が大きいほどイオン交換樹脂と強く相互作用し、より選択的に保持されます(例:Ca2+ >Na+⇒2価のカルシウムイオンが、1価のナトリウムイオンより強く保持)。
2)イオン半径
価数が同じ場合、イオン半径(サイズ)が小さいほど電荷密度が高くなり、樹脂との相互作用が強くなりやすい傾向があります(例:Na+ > Ka+⇒ナトリウムはカルシウムより小さく、通常は強く結合)。
3)水和エネルギー
電荷の大きさとイオン半径で傾向が決定しそうなところ、実際にはイオンは水和しており、水和の影響を考慮すると、単純なイオン半径の順位が逆転することがあります。例えばNa+とK+であれば、電荷が同じ1価でありイオン半径はNa+の方が小さいため一見、交換樹脂との相互作用が強そうですが実際にはNa+の方が水和エネルギーが強く、水和した状態では大きなサイズになるために水和を考慮した選択性の観点からはNa+と樹脂との相互作用が弱まり、 K+ の方が選択されやすいことが分かります。

電気脱イオン(EDI: Electrodeionization)
電気脱イオンとは、RO処理後の水をEDIモジュールに流し、電場をかけることでイオンがイオン交換樹脂を通り、膜を通り分離するしくみです。
構造として、カチオン交換膜とアニオン交換膜を交互に配置し、その間に一つ飛びにイオン交換樹脂を充填させた脱塩室を設けます(その間にできる空間を濃縮室と呼ぶ)。直流電圧をかけてイオンを移動させ、除去します。
例えばNa+であれば、カチオン交換樹脂に吸着し、陰極方向に移動し、アニオン膜を通ることは出来ないので、その前の濃縮室で捕集されることになります。

翻訳比較
この箇所について、自分で訳してみて<公開訳>と比較をしました。
<自分の訳>
主要な供給水は、液浸液として適切となるよう、事前に液体清浄装置による処理が必要である。他の液浸液においても使用中に汚染が起こり得るため、とりわけ再循環の際にはこのような処理が必要である。ある実施形態では、液体清浄装置は、蒸留ユニット120及び/又は脱イオンユニット及び/又は脱炭化水素ユニット及び/又は脱炭化水素ユニット140及び又はフィルターを含みうる。脱イオン装置130はいかなる種類のものでもよく、逆浸透膜ユニット、イオン交換ユニット若しくは電気脱イオンユニット、又はこれらのユニットの2つ以上の組み合わせであってよい。
脱イオン装置は典型的には水又は水溶液中のイオン性化合物の含有率を低下させ、その結果電気伝導率は0.055マイクロジーメンス毎センチメートルと0.5マイクロジーメンス毎センチメートルとの間とする。
脱炭化水素ユニットによって、シリカ含有量も500ppt以下又は100ppt以下に減少させることができる。
<公開訳>
水道本管の水は、浸漬液として適切にするため、事前に液体浄化装置で処理する必要がある。他の浸漬液も、特に再循環させる場合は、使用中に汚染が発生することがあるので、このような処理が必要である。好ましい実施形態では、浄化装置は、蒸留ユニット120および/または脱塩装置130および/または液体の炭化水素含有率を低下させるユニット140および/またはフィルタ150でよい。脱塩装置130は、逆浸透ユニット、イオン交換ユニットまたは電気脱イオン化ユニット、またはこれらユニットの2つ以上の組合せなど、任意の種類でよい。
脱塩装置は通常、水または水溶液中のイオン成分の含有率を低下させ、したがって水の導電性が0.055マイクロシーメンス/cmと0.5マイクロシーメンス/cmの間である。脱塩装置は、シリカ含有率も500ppt以下、好ましくは100ppt以下に減少させる。
比較検討
1)dimineralizer
脱塩=脱イオンという記載も見かけますが、ここでは塩に限る必要はなくイオンを除去する手段が記載されているので脱イオンのほうが良いかと考えます。
2)immersion liquid
液浸(液体浸漬)液かと思われますので誤りではないのかもしれません。ですが、例えば現像時にウェットエッチングではレジスト溶解のために現像液に「浸漬」しますがその場合の液は超純水ではありませんので、液浸液の方が誤解を生まず、妥当かと思います。
3)main supply water
原文では直前に”The liquid Supply system 100 is designed so that a standard water source 80, for example a main supply of water, can be used as the immersion liquid source.”という記述があります。
「標準的な水源80( a standard water source 80)、例えば主要な供給水(main supply ofr water)」とあり、工場で標準的に供給が見込める水、というニュアンスかと思います。「主要な供給水」も、日本語として少し不十分ですが、水道水に限定してしまうよりは、やや大きな概念として捉える必要があるかと思います。
4)especially if recycledの係り方
ここでは「他の液浸液でもこのような処理が必要である」ことを前提として、とりわけ再循環する場合には(使用中に生じ得た汚染をそのままに循環させないよう)処理が重要だ、という意味であり、especially if recycledをrequireにかかる訳をしてしまうと(引用:「再循環させる場合は、使用中に汚染が発生することがあるので」)少し離れた意味になるかと思います。
5)may be of any sort such as~
「いかなる種類でもよく、~であってもよい」と訳しましたが、硬く読みにくいので「脱イオン装置130は、逆浸透膜ユニット、イオン交換ユニット若しくは電気脱イオンユニット、またはこれらの2つ以上の組み合わせのいずれであってもよい。」とすべきでした。
6)the content of ionic compounds
“An ionic compound is a compound that is formed by ionic bonding.”(ハワイ大学Exploring Our Fluid Earthより)のとおり、イオン成分、よりイオン性化合物とする方が適当かと考えます。
7)ここではシリカが”ppm”(parts per million)と表されており、粒の数だろうと「含有量」としたのですが、「ppm」はやはり、parts per millionとの言葉通り、「量を表すのではなく、濃度を表す単位」(栗田工業より)であることを比較を通じて再確認し、「含有率」とすべきでした。
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