ASML NETHERLANDS B.V.「FLUID PURGING SYSTEM(WO2021/249705)」を題材とし、半導体製造装置における光学素子のパージシステムに関する翻訳に取り組みました。
この明細書においては、光学素子の位置でのパージ性能が不十分である場合、粒子・異物が堆積して光学性能が低下するという課題が示されています。この課題に対し、ノズルの配置やパージノズルのマイクロシーブ排出口、流体の流れの制御など、設計段階での予防策が提案されています。
なお、光学素子とは、光の進行方向や性質(屈折、反射、透過、回折、偏光など)を制御する、ミラー、レンズ、プリズム、フィルタなどの部材を指します。
provide, stagnation point
The fluid purging system of the present invention provides fluid flow over the optical element, which may improve purging performance on the surface of the optical element, for example, by reducing or avoiding stagnation points in the fluid flow over the optical element and/or back-flow of contamination and by providing a more shielding and laminar type of flow.
<自分訳>
本発明の流体パージシステムでは、光学素子上に流体の流れを設け、例えば、光学素子上の流体の流れにおいて停留点及び/ 又は汚染物質の逆流を低減又は回避し、より遮蔽性が高く層流型の流れを供給することによって、光学素子表面におけるパージ性能を改善することができる。
<公開訳>
本発明の流体パージシステムは、光学素子上に流体流れを提供する。これは、例えば、 光学素子上の流体流れにおける淀み点及び/又は汚染物質の逆流を低減又は回避し、より 遮蔽効果があり、層流型の流れを提供することによって、光学素子の表面におけるパージ性能を改善し得るものである。
of this invention provides…
この文脈での”provide”は、光学素子表面を保護するために光学素子上に「流れ(flow)が存在する状態」を確保する、というニュアンスだと考えました。「流体の流れを提供する」と訳すと、物理的な流体注入を連想させるため、「流体の流れを設ける」としました。
stagnation point
明細書内で、”It is preferable to avoid such stagnation points, because these are zones in which the fluid is not moving and thus, purging is not effectively carried out.”との一文があることから、stagnation pointは、光学素子表面で流れが滞り、粒子や異物が付着・堆積しやすいポイントを指すと考えられます。
適訳を考え検索したところ、大学の流体工学講義資料に「一様流の向きから見た球の正面および後端の位置で流速はゼロとなる」そして、「…流速がゼロとなる点をよどみ点」とありました。一様流とは、空間的に見て、流速ベクトル(大きさ・向き)がどの位置でも同じ流れを言います。明細書内でも流速がゼロとなる点で類似概念だと考え、訳語の候補としました。
またJ-PlatPatでキーワード検索を行ったところ、同様の文脈で「停留点」の使用は確認できず、「よどみ点」の使用も24件(検索当時)と少ないものでした。ただ半導体のパージ操作の記述として、
– 「密閉空間の中に不活性ガスが流れにくい場所(よどみ点)」(キヤノン)、
– 「典型的なよどみ点フローパターン(typical stagnation point flow pattern)(東京エレクトロン)
などの表記が確認できたことから、ここでは「よどみ点」としました。
係り受け、sub-optimal、汚染のメカニズム
It has been identified that optical performance of known systems may suffer from contamination of optical elements, e.g., reflective elements such as mirrors and refractive element such as transmissive lenses, which may occur due to sub-optimal purging performance at the location of the optical element.
<自分訳>
公知のシステムにおける光学性能は、例えばミラーなどの反射素子や透過レンズなどの屈折素子といった光学素子が汚染されることによって損なわれ得ることが知られており、このような汚染は、光学素子の位置におけるパージ性能が最適とはいえない状態であることに起因し得る。
<公開訳>
公知のシステムの光学性能は、例えばミラーなどの反射素子や透過レンズなどの屈折素子といった光学素子の汚染に悩まされるとがあり、これは、光学素子の位置での最適ではないパージ性能のために発生し得ることが確認されている。
係り受け
明細書に頻出する”, which ~”をつい「これは~である」と機械的に訳していました。しかし係り受けを明確にしておかないと、因果関係が読み取れない文章になってしまう場合があるというこれまでの反省を踏まえ、訳出するかどうかは文脈次第であっても、少なくとも訳す上で、何を指すかに対して自覚的である必要があります。今回の文では、contaminationが”, which may occur due to sub-optimal purging performance…”を受けており、「汚染は、~に起因し得る」という関係を明確にするために、「このような汚は」と訳出しました。
sub-optimal
“sub-optimal”は、最高水準に至っていない「次善の」「最適以下の」を意味し、Oxford Dictionary of Englishでは、”of less than the highest standard or quality” と定義されています。この改善の余地がある望ましくない状態というニュアンスには、「最適とはいえない」と説明的に訳出するのが、ベストではないにせよそれこそsub-optimalかと考えました。
汚染のメカニズム補足
なお、パージ性能がどう汚染を引き起こすのか、については、
– 流体の流れが滞ると、そこに汚染物質が堆積しやすくなる、また
ー パージノズルからの流体の流れによって陰圧環境が生じ(ベンチュリー効果)、周囲から汚染物質を含む流体が逆流・誘引されることがある
と、明細書の他の部分で説明がされています。
この汚染物質の堆積や付着によって、光学素子の性能(反射率・透過性能)が低下し、ひいては装置の寿命短縮につながると記載されています。
今回の発明ではこうした課題に対し、実施形態で具体的な手段が提案されています。
With the aid of, focused and aligned
With the aid of the second positioner PW and a position measurement system IF, the substrate support WT can be moved accurately, e.g., so as to position different target portions C in the path of the radiation beam B at a focused and aligned position.
<自分訳>
基板支持体WTは、第2ポジショナーPW及び位置測定システムIFを使用して、例えば、放射ビームBの経路内において、合焦及びアラインメントされた位置に異なるターゲット領域Cを配置するように、正確に移動することができる。
<公開訳>
第2位置決め部PWおよび位置測定システムIFの助けを借りて、基板支持体WTは、例えば、集束され整列された位置で放射ビームBの経路内にさまざまなターゲット部分Cを配置するように、正確に移動することができる。
With the aid of
ここでは、基板支持体が動かされる対象として記載され、補助的手段として第2ポジショナーと位置測定システムが記載されています。「使用して」より、公開訳に近い「の補助により」にすべきでした。
focused and aligned
この文脈でのfocused and alignは、
– focus:z軸方向の焦点合わせ
(投影光学系とウエハの高さ関係、焦点深度内にウエハ面を保持し、ピントを合わせる)
– alignment:xy軸方向の位置合わせ
(既存のパターンと新たに露光するパターンとをlマーク検出によってxy方向に一致させる)
リソグラフィ装置では、ここで出てくる位置測定システム(position measurement system)が実際の位置を測定し、測定された位置情報に応じて、ウエハ支持体を制御するのがポジショナー(positioner)であり、位置決めが行われたあとに、上の焦点合わせ、位置合わせが揃って、重ね合わせ精度が確保されます。
用語選定では、「焦点合わせ」「位置合わせ」も検討しましたが、関連明細書を読み、東芝やキヤノンなど日系企業で採用されている「合焦」「アラインメント」を採用しました。
結果を表す分詞構文、optical surface
Thus, minimizing a flow of potentially dirty fluid to the optical surface 122 of the optical element 120 that is being arranged to interact with the radiation, for example, the radiation used to expose semiconductor substrates.
<自分訳>
したがって、例えば半導体基板の露光に用いられるような放射と相互作用するよう構成された光学素子120の光学表面122に向かう、汚染のおそれのある流体の流れを最小限に抑えることができる。
<公開訳>
したがって、放射、例えば半導体基板を露光するために使用される放射と相互作用するように設けられた光学素子120の光学面122への汚れているかもしれない流体流れを最小限に抑えることが可能である。
“Thus, minimizing …”の一文は分詞構文ですが、直前に記載される文章(主文)を前提とした、結果を表すと考えると理解できました(『翻訳の布石と定石』参照)。直前の文章は以下の通りです。
In a preferred arrangement, the fluid flow (flow of second purging fluid) at the second nozzle unit 112 is directed away from the first nozzle unit 110.
Herewith, the fluid flow by the Venturi effect induced by the fluid flow (flow of first purging fluid) at the first nozzle unit 110 is suppressed or reduced.
ノズルの構成によって、流れの停留を引き起こすベンチュリー効果を打ち消すという主文が前提となり、光学素子に汚染物質の堆積が抑制されるという分詞構文が結果として挙げられています。
optical surface
光学表面としました。光学面という候補も検討しましたが、今回のように接触を前提とする外側、と言うニュアンスを考えると、単なる幾何学的な広がりの「面」でなく「表面」が妥当と考えます。
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